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院長コラム
2013.05.29
臨床医のアート
往診した町医・小川宗哲先生は「小兵衛さんの体の仕組みが変わってきたのであろうよ。66歳でようやく老人の躰に向かいつつあるしるしを見たと申すは、いやお若い」と加齢による変化であることを婉曲に告げます。小説の中で小川宗哲先生は人の心の機微を心得つくした名医として描かれていますが、小兵衛への病状説明にも患者心理への気遣いが感じられます。▼臨床医が身につけるべき素養として医学的知識や技術などのサイエンスは必須ですが、もう一つ大事な要素に “医のアート”と呼ばれる分野があります。それは患者さんやご家族に伝えるべき内容を如何に表現するかということです。同じ内容でも、どのような言葉を用いて、どんな表情で、どんな声のトーンで話すかによって相手の受け止め方は随分ちがったものになるのです。一流の技術を持ったピアニストの演奏もすべてが心を打つわけではなく、演奏家の心のありようがその音楽に重なりあって聴衆を感動させるのに似たところがあります。▼大学病院では最新の知識や技術を学ぶことはできますが、医のアートを教えられたことはありません。それは患者さんを通して生涯学んでいかなければなりません。さすが名医・宗哲先生「小兵衛さん、あんたも年だ。剣術もほどほどにな」とはおっしゃらない。時には小説の中にもお手本があります。